私は特許事務所でクライアントの特許の出願のための書類を作成する仕事をしています。技術内容を正確な文章に表現することが求められています。
仕事がら、言葉の細かい部分が気になることもあります。その1つが「IPプロトコル」というような表現。
「IP」が「インターネットプロトコル」の略語なので、「IPプロトコル」だと「IPプロトコルプロトコル」になっちゃうから誤字じゃないかという指摘がありえます。
でも、この表現がぴったりはまる場面があって、そんな場面では自信をもって堂々と使えばいいと思います。
以下でくわしく説明します。
「IPプロトコルプロトコル」だから誤字だという指摘をするのは簡単
まず、「IPプロトコルプロトコル」になっちゃうからだめだと指摘するのは簡単です。「馬から落馬する」とか「頭が頭痛」とかと同じように、言葉がかぶっているからということですね。
一理あると思います。違和感ありますよね。
「IP」が「インターネットプロトコル」の略語であることを知っていると、そう指摘できます。
言い換えると、前後の文脈を意識しなくても指摘できることです。また「IP」という語がどれくらいメジャーなのか、またはマイナーなのかを知らなくても指摘できることです。
ただ、いろいろなニュアンスの文章を書いていると「IPプロトコル」という言い方がぴったりはまる場面があるんです。そのあたりまで考慮して指摘をされているのかが気になるところですね。
他の語だとどうなるか実験
どんな場合に違和感があり、どんな場合に違和感がないのかを調べてみたいところ。
そこで、「IPプロトコル」を単に「IP」にした場合にどうなるか。これと併せて、いろいろな言葉に置き換えて印象がどう変わるかを調べてみます。
以下で、「AとBがIPで通信する」と、「IP」を他の語に変えたものを比較します。
AとBがIPで通信する。
まずこの表現に違和感があるかないか。
「IP」が「インターネットプロトコル」の略語であることを知っている人にとっては、とても自然な文章です。一方、「IP」が「インターネットプロトコル」の略語であることを知らない人にとっては、「IP」が何かの手段とか道具であるのか、手順であるのか、よくわかりません。結局、何もわからないことになります。
次に、「IP」の部分をメジャーな語、マイナーな語、その他の語に変えてどんな印象にかわるかを調べてみましょう。
メジャーな語にしてみると
まず比較的メジャーなプロトコルから見てみます。
1.AとBがTCPで通信する。
2.AとBがFTPで通信する。
3.AとBがHTTPで通信する。
比較例1~3は、けっこうメジャーなプロトコルなので、文章の意味をそのまま理解できる人が多いと思います。この場合に「プロトコル」をつけて「TCPプロトコル」「FTPプロトコル」「HTTPプロトコル」としてしまうと違和感がある人が多いのではないかと。
1'.AとBがTCPプロトコルで通信する。
2'.AとBがFTPプロトコルで通信する。
3'.AとBがHTTPプロトコルで通信する。
マイナーな語にしてみると
次にマイナーなプロトコルの場合を見てみます。
4.AとBがVRRPで通信する。
比較例4は、ややマイナーなプロトコルです。「VRRP」の語を知らない人にとっては、この文章が何を意味しているのか見当がつかないですね。違和感があるかないか以前の問題です。
このような場合に「VRRPプロトコル」と記載されていると、「VRRP」の語を知らない人は、プロトコルの話をしているという程度の理解をすることができます。これが「プロトコル」をつけていることの効果といえます。
4'.AとBがVRRPプロトコルで通信する。
末尾が「P」ではないプロトコルにしてみると
次は末尾が「P」ではないプロトコルや通信方法の場合です。
5.AとBがIPXで通信する。
6.AとBがATMで通信する。
7.AとBがRADIUSで通信する。
これだと、「IPXプロトコル」「ATMプロトコル」「RADIUSプロトコル」というように、今度は「プロトコル」をつけても違和感がないかもしれません。
違和感がないのはいいことなのですが、本来「IP」と「IPX」を対等のように扱うのに、日本語だと「プロトコル」を付けたりつけなかったりするとういのも変な気がします。
末尾が「P」ではないプロトコルにしてみると
最後に、プロトコルではない例です。
9.AとBがPTKで通信する。
比較例8,9は、プロトコルではない例です。IRは赤外線、PTXは暗号鍵を意味していて、通信の道具というような位置づけです。他と並べて書くと一見、プロトコルのようにも見えるけどプロトコルではない。結局、何なのかがわからないという状況になります。
この実験からわかるように、「プロトコル」をつけたときに違和感があるかないかは、読み手の知識に依存する部分があります。
こういうのは、日本語の中にアルファベットの略語をむりやりいれてしまったことで少し変になってしまったという程度の話だと思います。
「IPプロトコル」は「IPというプロトコル」の意味
実験が終わったところで、改めて「AとBがIPプロトコルで通信する。」を考えます。
「AとBがIPプロトコルで通信する」という文は、「AとBが「IP」という名前のプロトコルで通信する」ということを意味しています。
"プロトコル"の部分が重複しているのは承知のうえで、「IP」の語を知らない人も、その時点で「プロトコルである」ことを最低限知ることができるようにできています。
ただ、「AとBが「IP」という名前のプロトコルで通信する」という文は長いし、いつもこのように書いているとだらだらした冗長な感じになってしまう。他の言い方を検討してもいまひとつで、なかなかしっくりくるものがないです。
AとBがIPというプロトコルを用いて通信する。
AとBが、プロトコルであるIPを用いて通信する。
AとBがプロトコルIPを用いて通信する。
そこで、この表現がでてくるわけです。
繰り返しになりますが、この表現だと、「AとBが「IP」という名前のプロトコルで通信する」ということを短い文ですっきりと伝えることができます。
そして、「IP」が「インターネットプロトコル」の略語であることを知らない人にとっても、「プロトコルである」ことは最低限わかるようにできています。「IP」が「インターネットプロトコル」の略語であることを知っている人にとっては、若干冗長に感じるものの、誤解を生むことはないはずです。
結局、「IP」を知っている人も知らない人も、双方にとってよい表現なのです。(と私は思っているのです。)
これが、「IPプロトコル」という言い方がぴったりはまる場面です。こういう画面では、堂々と「IPプロトコル」と言ってしまいましょう。いいと思います!
ほかの事例 "Horyuji Temple"というけど、"Mt. Fuji"ともいう
似たような事例は、日本語の固有名詞を英語にする場合に登場することがあると思います。
例えば、「法隆寺(ほうりゅうじ)」は、英語で「Horyuji Temple」といいます。
「ji」と「Temple」がかぶるからといって、「Horyu Temple」としてしまうと、ちょっとよくわからなくなりますよね。日本人にとっても何かわからない。あまり意味のない言い方になってしまいます。
言葉の一部が少しくらいかぶっても、そのほうが便利なら使っていきましょう。
さらにほかの例を考えてみたのですが、「Mt. Fuji」というのがありますね。。。「Mt. Fujisan」ではないんですね。
言葉はなかなか一筋縄にはいかない。柔軟に使っていきましょうね。
今日のみどころ
IPプロトコルという言い方に関しては、すこし違和感があっても、便利に使える表現です。
多用すると拙い(つたない)感じになってしまうかもしれませんが、この表現がぴったりはまる場面では、自信をもって堂々とつかいましょう!